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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)1145号 判決

主文

被上告人の請求中、金五四万二一五〇円及びこれに対する昭和四五年五月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払請求に関する部分につき、原判決を破棄する。

前項記載の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

上告人らのその余の部分に対する上告を棄却する。

前項記載の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人荒木淳の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

原判決は、被上告人は本件事故による休業補償として労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)から五四万二一五〇円の給付を受けているので、これを損益相殺として被上告人の休業損害から控除すべきものであるとの上告人らの主張に対し、乙四号証の一には、三鷹労働基準監督署長が被上告人に対する労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による休業補償として金五四万二一五〇円を給付した旨の記載があるけれども、これを被上告人が受領したと認めるに足りる資料はないと認定したうえ、上告人らの損益相殺の主張は理由がないとしてこれを排斥していることが明らかである。しかしながら、右乙四号証の一と一体をなしている同号証の二は、東京労働基準局長が上告人畑徳子に宛てた「三鷹労働基準監督署長が被上告人に対し労災保険法による補償給付五七万四九〇〇円(休業補償五四万二一五〇円、療養補償三万二七五〇円)を支払つたので同法二〇条の規定により、そのうち二七万〇六七六円を加害者たる上告人畑徳子に賠償請求する」との納入告知書であるから、被上告人において右労災保険給付を現実に受けられなかつたことを窺わせるに足りる特別の事情がない限り、右各証拠によつて、被上告人が納入告知書記載のとおりの労災保険給付を受領したと認めるのが、経験則上、相当であるといわなければならない。ところが原判決は、右特別の事情のあることを認定しないばかりか、原審における被上告人本人尋問の結果によれば、被上告人は、右労災保険給付を受領しており、ただ休業中勤務先会社から給料の前借をしていたので、その返済のために、右受領した労災保険給付をそのまま会社に渡した旨の供述をしているにもかかわらず、これを排斥するについてもなんら首肯するに足りる理由を示すことなく、前記のとおり被上告人が労災保険給付を受領したことを認めるに足りないとしているのであつて、原判決には、この点において、経験則に違反し、理由不備の違法があるといわなければならない、そして、労災保険給付の受給権者が政府から休業補償としての保険給付を受ければ、保険受給権者の第三者に対する民法又は自動車損害賠償保障法に基づく休業損害の賠償請求権は、右給付金額の限度で政府により代位取得され、その分だけ減縮することになるのであるから、原判決の右違法は、原判決中、上告人らに保険給付額に相当する五四万二一五〇円についても賠償を命じた部分に関して、その結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は右部分について破棄を免れない。

よつて、主文第一項掲記の部分につき原判決を破棄し、前示の点につき更に審理を尽くさせるため、右部分を東京高等裁判所に差し戻すこととし、その余の部分に対する上告は理由がないのでこれを棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田 豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林 譲 裁判官 栗本一夫)

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